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喪失

デヴィッドボウイが亡くなってから2日が経ち、昨日も1日中、朝から気分が重かった。3連休明けの仕事1日目、しかもどんよりとした天気で、一気に冷え込み、おまけに風も冷たくて強い。こう書いているだけでも気分が落ち込んでくるが、気持ちの重さは心の底に横たわっているボウイの死がもたらしている。

僕にとってのデヴィッドボウイは、ジギースターダスト、ロウの黄金期と言われる70年代に尽きてしまう。80年代以降も嫌いではないが、やはり70年代にどうしても行く。ボウイを知り、聴き始めた中学生の頃、ボウイはティンマシーンの1メンバーとして、それ以前のキャリアを振り払うかのように活動していた。僕も「新たにボウイが始めたロックバンド」ということで新作を聴いたが、ハードルのとても高い僕の期待は超えられなかった。来日公演もドサ廻りのごとく沢山やっていたが、結局1度も行かなかった。
だから僕は中学生の頃からボウイを何となく「過去の人」として捉えていた。
しかしその後もボウイの作品はずっと聴き続けた。遠ざかっていた80年代作品も最近はよく聴き、前作「NEXT DAY」もフラットに聴いて、変化し続けるボウイを噛み締めた。「★」も当然楽しみにしていたし、前作からのハイペースなリリースに、もしかしてライブ活動を再開するのでは?という淡い期待も抱いた。しかしその期待を打ち砕くニュースが突然目の前に現れた。

復活への期待感が個人的に増していただけに、ボウイが死んだ喪失感はそれを上回る大きさで自分に戻ってきている。心の中に黒い闇が支配して、グーッと身体を重たくする。そうやってじわじわと、しばらくボウイの死と向き合うのだろう。

今日、仕事帰りに夜空の星を見ていたら、ボウイは宇宙に戻り星になって輝いてるんだと想い、胸が一杯になった。
スターマンは宇宙の果てから僕らを見守っている。